八尾の熱いスポットを知る〜各町インタビュー

おわら風の盆を深く楽しむために知っておきたい名スポットを独自に深掘り
井田川

富山といえば薬売り。その薬を梱包していた紙は八尾で作られた八尾和紙でした。かつては和紙と蚕種で栄え、華やかな町人文化が栄えていたようです。井田川を使って様々な品物を輸送していたそう。
東町

江戸時代大きな商家が立ち並んでいたため、「旦那町」と呼ばれていました。おわら風の盆を今の形にした最大の立役者の1人、保存会の初代会長である川崎順二や唄の名手として有名な江尻豊治はこの町の出身。当時の財力を推し量れる帯(金糸を使った市松模様)にも注目。
東新町

境内で披露されるおわらには独特の風情があります。また、小学生の女子が早乙女衣装をまとって踊るのが支部の特徴です。
聞名寺
室町時代の初め頃、美濃に初めて開かれ、長い間 飛騨高原郷で勢力を拡大したが、応仁2年(1468)に新しい布教の地を求めて越中婦負郡に出て、八尾に寺を建立したのが天文20年(1551)のこと。単に宗教的な役割だけでなく、政治的・文化的・社会的役割を果たしていました。
宮田旅館
家々がくっついて立ち並ぶ八尾、火災があるとたくさんの建物が消失することになります。80年前にも大きな火災があり、多くの建物が消失しました。そんな中でも、宮田旅館は無事生還。西町通りで最も古い建造物で、明治時代に建てられた建造物です。
西新町
八尾の一番奥にある町。細い通りに観客がぎっしり集まり、拍手とともに熱気が高まる様子はまさに「おわらの熱狂」。街の最奥には糀(こうじ)にこだわり、130年味を守り抜いた味噌、そして美味しい甘酒が飲める「味噌醸造元 水上芳一商店」があります。
諏訪町

1986年に「日本の道百選」に選ばれた通りの美しさは息を呑みます。昔ながらの風情を残し、石畳の通りに格子戸と白壁の町家が立ち並ぶこの通りで眺めるおわらは大人気です。深夜になるほど人も少なくなり、静けさと情緒が極まる瞬間に出会えます。
鏡町

かつて花街として賑わった場所で、女踊りには芸妓踊りの名残があります。昭和初期には、芸妓が生活する置屋や料亭が並び、劇場や寄席もありました。おたや階段下がメイン会場となっています。
上新町
旧町で一番人口が多く、道幅が広い。比較的容易に町流しを見られます。観光客も参加できる大輪踊りも実施。八尾が全国的に知られるようになったきっかけの小説「風の盆恋歌」に登場する喫茶店のモデルとなったのがこの町で昭和54年に開業した「喫茶明日香」です。観光会館もこの場所。
今町
井田川の河岸段丘の上に形成されている八尾の旧町。聞名寺の門前町で、旧町の中で最初にできた町です。
男女混合踊りを先駆けて取り入れたと伝えられており、創作当時のスタイルを大切に守り継いでいるそうです。
西町

今町の次に古い歴史があるのが、西町と東町(1637年成立)。共に「旦那町」と呼ばれました。土蔵造りの酒造や格子戸の旅籠など情緒あふれる建物が残っています。井田川にかかる禅寺橋の石垣前での輪踊りが有名。この石垣は昭和40年以降にできたものらしいです。
下新町

勾配のある坂道がある地区で、坂の中腹に八幡社があります。朱色を基調とした女性の浴衣が特徴的です。かつては真言宗の蓮勝院の門前町だったのですが、明治政府による神仏分離で解体され八幡社が建つことに。明治政府の動きは、今のおわら誕生のキーとなっています。
天満町

八尾の旧町では最も新しく生まれた町。三方を川に囲まれており、川の流れる音が聞こえます。おわらの唄の上句の途中に「よっこらしょ」と囃子が入るのが特徴。音程を下げて力強く歌う独特の唄いを聴けます。
福島
11の支部で最大のおわら人口を誇る。JR越中八尾駅周辺に広がる地域で、いわば八尾の玄関口。旧町全部を合わせたより人口が多く、複数のグループが町を踊り歩きます。駅のそばの特設舞台でステージ踊りも披露されます。9月4日早朝、始発列車で帰る人たちに踊りを披露する恒例の「見送りおわら」も有名です。
若宮八幡宮
養蚕業が栄えた八尾を感じるスポット。石段途中の左手にある手洗い鉢は、繭の形をしており、お蚕様の口から水が出るようになっていますし、本殿内につるされた灯りには、蚕蛾と桑と糸巻きが形作られており、養蚕が大切にされていた様子がうかがえます。
禅寺坂

昔、鏡町に遊郭があった頃は、姿を見られないためにここから出入りしていたんだとか。昼間は井田川を見下ろす景色が美しく、おわらの夜はぼんぼりで飾られた夜景が美しい場所です。
